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終了致しました。
たくさんのご参加ありがとうございました。

講話Ⅱ「花と日本人――江戸の園芸文化は世界一だった!」

セミナー議事録

《管理人の独り言》

先日はお忙しい中、ご参加ありがとうございました。
連続講話の第二講は「花と日本人―江戸の園芸文化は世界一だった!」というテーマでお話いただきました。
“園芸”というテーマは兼ねてより施先生がおススメしてくださっていたこともあり、終始楽しそうにお話される先生の様子がとても印象的でした。

園芸を“日本の歴史や文化”という視点からお話を聞いたのは初めてでした。
イギリスの植物商人ロバート・フォーチュン氏が江戸の園芸を世界一と評価していたという話。
江戸の将軍の多くが花好きであったこと、鉄砲隊の組織力は園芸に活かされ、火薬技術は花火となって現代に残っているという話など聞けば聞くほど「園芸文化」の魅力に引き込まれていくようでした。
ジャポニズムの象徴ともいえる“浮世絵”には数多くの園芸が描写されており、園芸文化一つからも日本の歴史や文化、当時の生活が垣間見れることが非常に面白い気づきでした。視点を変えることでこんなにも興味が広がるのですね!!

次回は「グローバル化が壊す日本社会」というテーマで施先生の専門分野をお話いただきます。
たくさんの方のご参加をお待ちしております^^

《管理人Memo》

「園芸」「ガーデニング」というとイギリスが本場というイメージが強いが、実は日本人は古くから花や草木に親しんできた。
江戸時代には世界一と言っていいほど園芸文化が栄え、将軍から庶民まで幅広く花を育てて愛でていた。

■江戸の園芸は世界一
・西洋人から見た江戸の園芸文化
古来西洋では園芸は貴族(上流階級)の文化であり、庶民にそのような文化はない。
そのため、ロバート・フォーチュン氏(英国の植物商人)をはじめとする西洋人は、日本では貧しい庶民までもが皆花好きで、花を楽しむ(愛でる)文化があることに驚いた。
・「浮世絵」「万葉集」から見る園芸文化
浮世絵には園芸を描いたものが多く残っており、庶民の生活に園芸が溶けこんでいた様子がうかがえる。
世界の古典の中で最も多く植物名が登場する万葉集には166種もの植物が登場するが、そのほとんどが姿・形の美しさを愛でる「非実用的植物」である。
対して聖書に登場するのは食用など「実用的植物」、また中国の古典にはほとんど具体的な植物の名前が登場しない。
このことから奈良時代(世界でもかなり早い時代)から日本の上流社会には花を愛でる文化が根付いていたことがわかる。

■江戸の将軍と花
家康、秀忠、家光は皆大変な花好きで、秀忠に至っては「花癖あり」という記録も残っている。
江戸城内には「吹上花壇」と呼ばれる大規模な花壇をつくっており、「吹上奉行」という花壇の管理や手入れを行う専門の役職もあった。諸国の大名は自藩の珍花奇木を将軍に献上するようになり、それらの植物(花)は吹上花壇に植えられ観賞されていた。将軍が花好きということで、大名や旗本が国もとでも園芸を推奨していた。
中でも熊本藩主の細川重堅は花好きとして有名で、武士の精神修養として家臣に園芸を奨励していた。
現代に残る代表的なものに熊本の「肥後六花(朝顔、菊、サザンカ、芍薬、ツバキ、花菖蒲)」がある。

■園芸文化の担い手
江戸の前半の園芸文化の主役(中心)は「武士」、後半は「町人」。
天下泰平の時代ということもあり、武士は国もとを思いながら園芸に勤しんでいた。
下級武士に至っては禄は安いが土地はあったので、庭を使って内職として園芸を始めた。
家臣団が内職のために園芸を始めて名所となった場所もいくつかある。
大久保百人町(現在の新大久保付近)に定住していた伊賀鉄砲組は射撃の訓練と同時にツツジ栽培を内職にしていたため、やがてツツジ園として名所となり評判になったと言われている。
鉄砲組の組織力は花づくりに活かされ、火薬技術は花火となって現代に残っている。入谷の朝顔市も有名。
江戸の後半には(元来は農民であった)町人にも浸透し、鉢植えの植木や垣根の朝顔を見て園芸を楽しんだ。
町人は武士のように土地を持っていなかったため、朝顔のような鉢植えが中心になっていったことも後半の特徴である。

■庶民への広がり
・花見の習慣
将軍も庶民もお花見が大好きであった。4代目・家綱は江戸で6日間続く大火を見て、庶民を心配し上野に視察を送った。
しかし、その頃上野は花見客で大賑わいであったことから「江戸いまだ衰微せざる証拠なり(まだまだ庶民は元気、大丈夫だ)」と言ったという逸話が残っている。
・江戸の庭園は「ガーデンシティ」
江戸を訪れた西洋人が江戸はガーデンシティ(庭園都市)だと書き残している。
当時、江戸は世界でも有数の人口が多い大都市であったにも関わらず、万にも及ぶ庭園があったため自然との調和がとれていて森林の中に町があるようであった。町人によって作られ、一般開放されていた庭園も少なくない。(例:向島百花園1804年開園)

■日本における趣味の世界の発達
・「園芸の町」として栄えていた染井(現在の駒込付近)
江戸の中期頃から染井は「植木屋の密集地」となり当時、世界一の植木センターとなった。
秋葉原の電気街や神田の古本屋街など、日本の文化はなぜか「密集地」をつくりたがる。
・趣味のサークル
日本は趣味のサークルから階層社会を超えて横の関係性を築く方法を学んでいた。
趣味の世界で身分の話をするのは野暮。趣味の共有は身分(士農工商)を超えた友情をもたらした。

■江戸の園芸文化から学べること
・日本の文化は政府が政策として意図的に広めようとしても広まるものではない。
日本が世界に誇るべき大衆文化は「安定した中間層」があったから広まった。余暇を楽しみ、趣味にお金を使い、自己の好みを洗練しようとする中間(庶民)の層が分厚く、大きくなっていくと文化は勝手に発展し爛熟していく。
・エコロジカルな(自然との調和を求める)優れた道徳意識が日本にはあった。
日本の倫理では気持ちを推し量るべき「他者」は人間に限らず、動植物も入る。
日本の道徳意識とは、自己と自然界を含む万物・万人との調和的関係を試行錯誤的に絶えず探求していくことを求めるものである。
花や植物を愛でる気持ちを大切にしようとするのは、日本的な道徳意識の一つの表れと言える。
・日本人は「良いものは外から来る」と考えがちだが、必ずしもそうではない。
日本の文化は世界に誇れるものが数多くあり、園芸文化もその一つである。

■まとめ
江戸時代の人々は、自然との調和を喜びとし、季節に応じた行楽を楽しんでいた。幕末に日本を訪れた西洋人の多くは「江戸は世界一美しい田園都市」、「江戸の園芸文化は世界史上、最も発展したものである」と評価していた。
江戸の園芸文化や、そこから垣間見える(自然との調和を好む)価値観や市民社会の成熟は世界に誇れるものであるということを日本人はもっと自覚するべきである。

《セミナー・懇親会風景》





《参加者みなさまのご感想》

・園芸文化を通じて当時の人々の暮らしや考え方、異国人から見た日本を理解し、自身の認識が変わった。

・日本人独特の美的感覚などから日本人を再確認できる良い機会でした。

・愛情豊かな日本人の心を「花を愛でる」文化から感じとられ、心が温まりました。

・花好きの施先生のお話は心に響きます。先生が楽しくお話してくれたので、こちらもすごくハッピーな講演会でした!

・園芸の世界はまさに粋でした。お聴きすればするほど奥が深いのだろうと感じ、次回もこの続きを拝聴したいくらいです!

※たくさんの中のほんの一部になりますが、いただいた感想を掲載させていただきました。本当にありがとうございました。

《古賀Facebookより》

【第40回AT-1ご報告】
2015年4月の開始以来、昨日は実に40回目のAT-1でした。
我ながらよく続いてるなぁと思いますが(笑)、これも素敵な講師陣はもちろんのこと、毎回ご参加いただいている皆様あってのことです。
永く支えてくださり、本当にありがとうございます(^^)

さて、昨日は九州大学の施さんによる連続講話の2回目。
「花と日本人ー江戸の園芸文化は世界一だった!」と題して、施さんの大好きなテーマについてじっくりと語っていただきました(≧∇≦)しかし、お話し中の施さんの楽しそうなこと( ・∀・)
思わずこちらまで笑顔になっちゃいました(*^^*)

江戸時代の園芸文化は、愛好者の層やコンテンツといった広さ、そして深さの両面において文字通り世界一である!と、当時の江戸を訪れている多くのヨーロッパ人が語っているそうです。
江戸時代の将軍様や大名達には花好きが多く、"女癖"ならぬ"花癖"という言葉まであったそう(笑)
元々は武士階級の趣味だったものが徐々に庶民にも広がり、この"園芸"という趣味の共有が身分を超えた友情にも繋がっていたそうです。
日教組がよく言う「江戸時代は士農工商の身分制度の影響が強く、武士以外の身分の人間はいつも虐げられてツラい時代だった」という主張にはやはり疑問符が付きますね。

また施さんの分析によれば、このように大衆にまで園芸文化が広まったのは、安定した中間層があったからではないか?とのこと。
今も昔も、余暇を楽しみ、趣味にお金を使い、自己の好みを洗練しようとするこの中間層の存在こそが、日本を日本たらしめているような気がしますね(^^)

まとめとして、施さんはこうおっしゃいました。
『日本人の道徳意識とは、自己と他者(人に限らず、自然界を含む万物・万人)との調和的関係を試行錯誤的に絶えず追求していくことを求めるものである。』
欧米や大陸では、自然を支配し人間の思うように操ろうとします。
しかし日本では、自然は畏敬を通り越して畏怖の対象であり、自然は征服するものではなく共存するもの。
このあたりに「一神教」という考え方と、我が国に古くから伝わる「八百万の神々」という考え方の差があるように感じました。

あと、朝顔のお話もとても興味深かったです。
あれだけ多彩な花の色を持ち、か弱いようで実は強く、種を植えればまた来年も同じ花が咲く。
この朝顔の気質と日本人はどことなく似ている!と施さんは主張されていました。
近々「朝顔と日本人」という論文か書籍を出されるかもしれないので楽しみにしています(笑)

施さん、ご参加の皆様、昨日もお暑い中、そして台風で交通機関も大変な中にお越しいただきまして本当にありがとうございました(^o^)来月はいよいよ連続講話の最終回!
単体で聴かれてもとても面白い内容ですので、9/27(木)もご都合のつく方はぜひお越しください!!

ご興味を持ってくださった方へ

本会は「場」としての雰囲気を
とても大切にしており、
基本的にクローズドで開催しております。

主宰者である古賀が責任を持って
「場」を創る以上、
「場の参加者」にも責任を持つ、
という考えがあります。

その為、いわゆる
「一見さんお断り」
といった形式を取らせて
頂いておりますが、
何卒ご理解賜りたく思います。

会にご興味を持って頂いた場合は、
古賀本人、アシスタント谷岡、
もしくは紹介者様に
ご相談頂けますと幸いです。