「俯瞰的にみて論理的にプランを立てる」「第二次世界大戦」|エンジェル寺子屋一番館

過去に行われたセミナー

「俯瞰的にみて論理的にプランを立てる」「第二次世界大戦」

2019年10月18日(金) 14:30~
【第53回】講師:矢作 直樹 先生

2019年10月18日(金) 14:30~
【第53回】講師:矢作 直樹 先生

「俯瞰的にみて論理的にプランを立てる」「第二次世界大戦」

日時:2019年10月18日(金) 14:30~

■講師:矢作 直樹 先生

■会費:10000円 ※懇親会、別途5000円

■場所::東京都港区浜松町1-22-5 KDX浜松町センタービル6階
フクラシア浜松町
(最寄り駅:JR浜松町駅 北口より徒歩1分)

■スケジュール:※変更の可能性あり
14:00 受付開始
14:30~14:40 開会挨拶、講師紹介
14:40~16:10 矢作先生講話
16:10~16:20 休憩
16:20~17:40 対談ならびに質疑応答
17:40~17:50 閉会挨拶、写真撮影など

終了次第、懇親会

※セミナー終了後に懇親会の開催を予定しております。
参加お申込みの際には、懇親会へ参加されるかどうか
併せてご連絡いただけますようお願い致します。

—————————————————————————————————
《以下、古賀Facebookより》

【第53回AT-1告知】
エンジェル寺子屋一番館(AT-1)、第53回の募集を開始します!
開催日は10月18日(金)で、今回も元東大の医師であり、現在は東大名誉教授であられる矢作直樹先生を講師にお迎えします。

毎回大変好評を博している矢作先生の7カ月連続講話の第6弾。
今回のテーマは「俯瞰的にみて論理的にプランを立てる」と「第ニ次世界大戦」です。
前半では、科学的思考では必ずしもカバーされない俯瞰的視野とそこから論理思考することとは?等について教えていただきます。

後半の歴史編は、いよいよ先の大戦です。
アジアにおける列強の帝国主義と日本、ドイツを取り巻く欧米露の動向と日本、欧州戦線とアジア太平洋戦線。
第4回から今回までの経過で我が国はこの大戦に巻き込まれましたが、どういう選択肢があったのか?について、矢作先生なり「歴史のIF」をお聞かせいただく予定です。

現代を生きる日本人として、先の大戦の真実を知っておくことは絶対に必要だと思います。
ぜひ聴きに来てください!!

■プロフィール
横浜市で出生。昭和56年金沢大学医学部卒業、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、内科、手術部などを経験。平成11年東大工学部精密機械工学科教授。平成13年より東大医学部救急医学分野教授および東大病院救急部・集中治療部部長。平成28年3月31日、任期満了退任。東京大学名誉教授。
日本人がかつての死生観を思い出すことでより心安らかに暮らしてほしいと願い、『人は死なない』(バジリコ)、『天皇』(扶桑社)、『おかげさまで生きる』(幻冬舎)『天皇の国 譲位に想う』(青林堂)、『日本歴史通覧 天皇の日本史』(青林堂)などの著書を著した。

開催を終了しました。沢山のご参加ありがとうございました。

セミナー議事録

《管理人の独り言》

先日は、お忙しい中、ご参加いただきましてありがとうございました。
矢作先生の第六回目講話。テーマは「第二次世界大戦」。
国際状況を知った上で、どのようにしてこの大戦に日本が巻き込まれていったかを学びました。
日本からの視点だけではない講話内容から「大東亜戦争」ではなく、あえて「第二次世界大戦」と矢作先生がおっしゃっていたのも納得でした。
学校で教わった歴史がいかに自虐史観であったかということも改めて感じました。

皆さんからのご質問にも多くありました“一体、これからの未来のために何をすればよいのか?”
それに対して矢作先生の回答は“我々がしたいと思うことをするべき!”でした。
深すぎます。。。

---------------------------------------------------------------------------------------------------
《講演メモ》

―作成中―

《セミナー・懇親会風景》





《参加者みなさまのご感想》

・先生が大東亜戦争ではなく、第二次世界大戦という表現を敢えてされている理由にとても納得しました。
 戦争に至るまでの世界の動きや、国内情勢を詳しく学ぶことができ毎回楽しみにしております。
・子どもの頃からとても気になっていた第二次世界大戦時の日本人の在り方。パラオや硫黄島での戦闘。
 今の日本人があんな戦い方ができるのだろうかとまた考えさせられました。
・我々が望む未来が、見えそうで見えないそんな感覚です。
 いろんな人の質問から気づかない視点が出ます。改めて学びが深まりました。
・第二次世界大戦の構造を大きな流れを持って見ることができ、非常に勉強になりました。
 領土の占領や国家間の同盟、繋がりのような情報はしることができても、排日悔日運動や大国を支えた勢力といった部分を
 力学まで踏み込んで知れたのは初めてでした。
 ※たくさんの中のほんの一部になりますが、いただいた感想を掲載させていただきました。
 本当にありがとうございました。

--------------------------------------------------------------------------------------------------
《以下、古賀Facebookより》

【第53回AT-1報告】
令和の時代のAT-1は、東大名誉教授の矢作先生による7回連続講義をお届けしております。
第6回目となる昨日のテーマは「俯瞰的にみて論理的にプランを立てる」「第ニ次世界大戦」でした。

まず、先の大戦の呼び方について。
当時の我が国では"大東亜戦争"と呼ぶことを閣議決定しているのですが、戦後GHQによって"太平洋戦争"と呼ぶことを強要されました。
地政学的に語るなら、"大東亜戦争"では太平洋での戦いがイメージしにくいし、"太平洋戦争"ではアジアでの戦いがイメージしにくい。
よって、学術的には"アジア・太平洋戦争"とも呼ぶようです。
このどちらも日本を取り巻く地域のみの呼称であり、これを用いると何となく「日本が自ら戦争に突き進んで行った」かのごとき印象を受けます。
しかし実際には前回も書いたように、ドイツのウィルヘルム2世による"黄禍論"や、アメリカが1897年から検討していた"オレンジ計画"によって、執拗にそして計画的に、我が国は戦争に巻き込まれて行きました。
そういった背景まで含めて呼ぶのであれば、やはり"第二次世界大戦"が相応しいのではないか、と矢作先生はおっしゃいます。
確かにその通りですね。

実際の戦争の中身については、多くの方がご存じでしょうし見方も諸説あるのでここでは割愛しますが、やはり「負ける戦争はしてはならない」。
これを今の日本が身を以て証明していると思います。
歴史にIFはありませんが、1905年に米国が持ちかけて来た満州の共同統治(満鉄の共同経営)を日本側が受け入れていたら。
四カ国条約の余波による1923年の日英同盟失効がなければ。
我が国の歴史は全く違ったモノになっていたのかもしれません。。。

もう一点、先の大戦の終結の正確な経緯について触れておきます。
まず昭和20年8月15日はポツダム宣言受諾による「停戦」です。
そして昭和20年9月2日、戦艦ミズーリ甲板上での降伏文書への調印によって正式に敗戦。
大日本帝国陸海軍は"無条件降伏"しましたが、日本国自身は大まかに言えば【国体の護持】という条件の下に連合国側に"有条件降伏"しました。
ただ、このポツダム宣言の内容もかなりな部分は戦後に無視されましたが。
それから昭和27年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効の日を以てようやく終戦です。
まぁ、実質的には未だ我が国は"米国の属国"なので、戦争は終わっていないのかもしれませんが、、、

まだまだ書き切れませんが、長くなりましたので今回もこの辺で。
これから、矢作先生から教えていただいた
・危機感を持つことと不安や恐れを感じることは違う
・メディアなんかを信じずに、自身の情報リテラシーを上げる
・五感を研ぎ澄まし、物事を自分の頭で考える
・本質的な感謝をベースに、自分のやりたいことをやっていく
を頑張って実践して行きたいと思います!

足元の悪い中にお集まりいただいた皆様、そして矢作先生、昨日も本当にありがとうございました(^^)
いよいよ来月は矢作シリーズ最終回。
古賀、谷岡ともども、今までにも増して沢山の方のご参加をお待ちしております!!